脳が情報を処理する機能の障害である認知機能障害のなかに、 「失認」 という不思議な障害があります。
まず、この絵を見てください。
これは、ルーベンスの有名な論文で報告された失認の患者さんのものです。
青はモデル(お手本)、黒は患者さんがモデルを写した絵です。
この患者さんはモデルの絵を見ても、それが何なのかわかりませんでした。
絵が見えないのではありません。
だって、これだけ細かく絵を写せるんですからね。
ところが不思議なことに、この患者さんは絵を写したあとも、それが何なのかわかりませんでした。
そしてもっと不思議なことに、この患者さんに実物の鍵を手で触ってもらうと、それが鍵だと簡単にわかりました。
豚の鳴き声や小鳥のさえずり声を耳で聞いてもらうと、豚、小鳥とすぐにわかりました。
ヒトには視覚、聴覚、触覚などの感覚の機能があります。
体の外からの刺激は、目や耳などの感覚受容器で神経の信号に変換されて、感覚情報として脳へと送られます。
脳はこの感覚情報を、脳内に蓄えられた情報と統合して、刺激対象の意味を理解します。
「失認」は、脳に届いたある感覚の情報と、脳内に蓄えられた情報を統合する機能の障害です。
この患者さんは、脳に届いた視覚情報と脳内の情報が統合できなくなっています。
だから、絵を見ても何なのかわかりません。
絵は視覚刺激として目で神経の信号に変換されています。
そして視覚情報として脳には届いています。
だから患者さんは絵を正確に写すことはできるんです。
また、患者さんの脳内の情報は障害されていません。
だから、触覚や聴覚経由で情報が届けば、それが何なのかもすぐに分かるのです。
この患者さんのような障害を視覚失認といいます。
‥‥ということは。
ヒトの感覚の種類に対応して失認があるということになりますね。
実際、聴覚失認、触覚失認という障害も存在しています。